シエラレオーネ短信2 ルンギ空港―フリータウン Feb.18,19
[赤色はオマケ:リハビリびっこ・くたびれ目、気ばかり焦る年寄りの一人旅(タビ)メモ]
* ルンギ空港にほぼ定刻21:30ごろ到着した。
丸い月が中天に掛かっている。
ダカールの雲塊は明日明後日に此処へ来るのだろうな。
昨年、ヘリが墜落、ホバーも沈没、現在
もう一社がロシア製ヘリの運行を続けているが、
今回、我が団長は特別にフェリーに乗っても良い許可を
JICA事務所から貰って来た。しかし河港に着くと一台前の車が入った後、
門が目の前で閉められ乗れず。先着便があったため車はすでに満載とのこと。
振り返ると、車が数珠繋ぎに並んでいる。朝まで渡る船はなし。
我々はすぐ旧鉱山鉄道沿いの悪路に繋がる道へ乗り入れた。
この道は大きな入り江を2時間かけて100km以上の距離を迂回する。
26年前に通ったときは明るい時間だった。思いもかけず大きな泉に出合い、
そこから鉄鉱石積出港ペペルへ管径20センチの導水管が敷設されているのを見た。
この湧水の余剰を我々の水田開発にも、と思ったままで終わったな。
今回は、枯れススキの続く道端に点々と現れる、月夜に黒く沈んだ果樹園や
陰影が滲む寝静まった農家と、時折、人の気がある検問所の遮断機が上がるのとを夢見心地に感じながら、ほとんど眠りこけたまま通り過ぎた。
フリータウンのアバディーン地区にあるJICAご用達のLホテルに着いたのは
午前1時だった。
* フリータウン。Feb.19
朝7時からの食事時間に戦士湾の写真を撮った。この目の前で沈んだホバーが
元の発着場の砂浜に引き上げられている。事故時は乗客の動きと物取りの動きとが交錯しててんやわんやだったらしい。
保険査定は済んだのだろうか、今や解体費用がかかる負の動産だ。
町に出て携帯電話を再起動し、換金に行く。WSD(上下水道局)で旅券を預け、
公用ビザ手続き代行を依頼。申請書に記入。用紙が違うようだが、気にしても仕方なし。
復旧工事をやっている建設業者に団長にくっ付いて訪問。昼は合同庁舎の食堂で
サツマイモの葉と肉とを炒めたのをタイか華南の最低等級の米飯にぶっ掛けて、食う。
コカコーラをつけて$2強。
午後、記入様式が違っているとのことで、混雑した道を再度WSDへ行く。
新書式に記入中、ガクッと疲れが出る。
JICA事務所で仕事。メール接続はネット混んでいるので、そうでなくても遅い
僕のPCは更に遅く、偶々、本棚にあった和訳「カーバーズ・ダズン」を途切れとぎれに
読む。短編集だったから都合良し。
電池を入れ替えてきた電子辞書が点かない。ディスプレイが切れた模様。何万時間も使ったのか。サヨナラして、Web辞書に頼る羽目になった。
晩は団員三人でチャイニーズの一軒に入り、餃子もどきを喰う。
UFO二世
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