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2008年2月

シエラレオーネ短信1-3 ロンドンーフリータウン Feb.18

[赤色はオマケの部:リハビリびっこ・全域腐れ目、気ばかり焦りの年寄り・一人旅(タビ)メモ]

昨年6月通過の際は、早朝、グリニッチに

カテイサーク号の復旧工事を見に出かけて

正午発の飛行機に乗ったが、

日が短い厳寒の今は論外なので、

ホテルで休養をとるだけにした。

ホテルを出る前に乗り継ぎ便のチェックをして驚いた。

日本を出る時貰った旅程表をちゃんと見ておけば、

分かっていることなのだが、

昨年と同じところへ同じコースで行くのだからと、

ろくすっぽ見ないままに来ている。

乗り継ぎの航空会社はBAではなくBDに代わっているが、

子会社で同じようなものだ、と多寡をくくっていたら、

さにあらず。

所属するグループはBAのワン・ワールドではなく、

スター・アライアンス。カードは日本に置いたままで来ちまった。

出発はターミナル4T4)からではなく、T2からだ。

かくのごとく早飲み込みの悪い癖は直らない。

まあ、早めにわかって良かった。

シャトル・バスを待っていると紅梅らしき花が一本咲いていた。

写真:2月のロンドンに咲く紅梅の孤木

僕は手荷物だけで動き、零戦の設計ほど厳しく目方を削っているわけではないが、

パソコンも目方で買ってきた。脚が萎えてからは更に厳しくしている。

ヒースローのセキュリテイは厳しい、と言われているが、

荷物を一つにすればよい。リュックを小型手押し車に入れ、PCと液体、

ジェル類の透明袋を別に持つ。

僕は今回もう成田で失敗してきている。半分使った170g入り

歯磨きチューブを半分に折って規定サイズの透明袋に入れておいたら

100g以上の容器は駄目と没収された。さもあらん。

鋏だけが問題だった頃、先の丸くなった鼻毛切りを入れておいたら、

鋏だ、と没収された。「なるほど!定義だな」、と納得したものだが。

              日夜そればかり考えているプロのテロリストだから、

武器はハードからソフトになってきた。そのうちサイズがミリ以下になってくる。

ロンドンで亡命KGBが人口放射性元素で殺されたのは一例だ。

しかし工学者は自信家だから必ず対策は作れる、と信じているようだ。

振り回されるのは間に挟まった生き身の人間だけだ。

     機内audioBeetlesRolling stoneを聞いていたら

disk- jockyが「mindではなくemotionに!」とコメントしていた。

雑誌の棚に、僕にとっては珍しい種類のものが置いてある。

* Arabian Business

Dubai開発が特集だった。エミレートに雨が降っている写真。

海浜・埋立て開発は将来、海進から構造物を防御する運命を

背負ってるんだろうな。

Trump Jr. “Look at development on a site-by-site basis”

と言っているのは仕事に成功する核心だが、父親の薫陶の賜物で、

少なくとも二代目では潰れない、と言うことだ。

* БАНЗАЙ -w3 banzy.ru ロシア語の雑誌でバンザイとは。

* English Garden

と言った雑誌類。

* ダカール  evening Feb.18

昨年12月モーリタニアで仏人4人家族が

アルジェリアにあるアルカーイダ下部組織の人間に殺されたため

中止になった恒例の1月パリ-ダカ・ラリーの終着地ダカールで客を降ろす。

ダッカと聞えるので、いつぞや、何かおかしいと思いながら

ダッカと書いて後で直したことがあった。

20数年前、シエラレオーネ案件に関連して

案件の作業監理委員会・委員長、調査団団長にくっついて在セネガル

日本大使館に報告のため立ち寄った。1泊はしたな。

ホテルから眼下に大きな海を見た。

街中に行くと、絶え間なく砂塵が動き、さささ、と積もっていく光景を

人気の少ない旧駅舎の前あたりで見たような記憶がある。

     ハルマタンがサハラの四方に振りまく1月の黄塵は終わったようだが、

雨期を呼び込むような別種の低気圧が動いて視界が利かない。

滑走路のちょっとした隅々に小さな水溜りがある。

此処では乗客を新たに乗せない。乗務員も交代しない。

乗客一人の数が合わず、荷物が一個持ち主不明で、人が往来したが、

やがて平仄があって出発となった。

UFO二世

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シエラレオーネ短信1-2 成田―ロンドン Feb.17,18

[付録:びっこの年寄り・一人旅(タビ)メモ:赤色で書く)] これは年寄りに限らないが、日本の真冬に常夏の国に出かける時はいつも苦労する。チベット人やチチカカ湖周辺に住むアイマラ人のように家の中は裸で外には分厚い毛皮一枚を羽織るのが一番だが東京やロンドンではそうは行かない。しかし、理屈は一緒だ。去年は1月17日夜アムステルダムで大嵐になった。ボリビア高所で仕事をしたときに持っていった登山用羽毛服がたいへん役に立った。軽くて暖かい素材が要求されているが、手軽な方法は首を絞めることだ。僕は一枚の布の真ん中にかろうじて首が通る穴が開いたのを持っているが、ネクタイをする人はそれでも良い。

* 日航機には機外カメラがついているので、 僕は飯を食い、酒を飲み、一眠りした後は,

音楽を聴きながら、移動地図とカメラを交互に見ている。

地表が見えなくても雲の上面を見ているのも面白い。今回は英仏海峡を南北に畝立てされた畑のような氷雲の上をわたって夕方、ロンドンに着いた。

* ロンドン Feb.17,18

ホテルフロントの若おっさんの早口が中々聞き取れないから、何度も聞き返す。翌日はほんの少しましになっていた。インドに長くいたので、インド英語が聞こえてくると耳がリラックスする。

朝飯:紅茶/コーヒーカップの受け皿、縁の片方の端を高く、厚くしてある。なるほど! “albalite” made by Steelite in England

UFO二世

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シエラレオーネ短信1-1 成田

註:22日-25nifty.comへのアクセスが出来ず、

更新が遅れる!!

[付録:びっこの年寄り、一人旅(タビ)メモ)]

あちこちガタの来た車のように、カタコトと田舎を動くイメージ。

去年3月、頚椎後縦靱帯骨化症による左脚の麻痺を和らげるために

頚椎弓3番から6番までを楔形に切開する手術をした。

おかげで杖は持っているが、ほぼ二本足で歩けるようになっている。

その後、必要に応じて歩くだけの横着なリハビリを続けている。

成田:去年10月以来。

門前町

 Feb16,17

* 廃線

になった寺参り電車の京成成田駅

付近軌道跡を意識して歩いてみた。

* 食い物屋の盛衰。3件、

              夕飯に寄っていたすし屋のシャッターが閉まったままだった。

何も張ってない。中年の夫婦でやっていた。カウンター7席、テーブル3、奥座敷が1、

おやじは福相で明るく、お上は自然体だった。料理、値段は標準。勤め人仲間が数人、飲んでいた。

              1軒横丁に入ったラーメン屋が張り紙つきで閉まっていた。

ここはいつも外人で流行っていた。張り紙は移転先案内だった。

其処は表参道の新規開店で、規模は大きく、立派になっている。内容も中華系の惣菜一般に増えている。客筋は相変わらず、外人系で賑わっていた。

              京成成田駅の反対側、市役所横のビル1階にすしも出す和食屋が開店した。この前には、空港ホテルへのシャットルバス乗場があって、バス待ちの外人がたむろしている。

空港 Feb.17

* 第二ターミナル出発ロビー内、嘗てANAが占めていた部分の模様替えをやっていた。

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シエラレオーネ短信 UFO

短信の開始通知 Feb.21

シエラレオーネ短信1-0

[付録:びっこの年寄り、一人旅(タビ)メモ)]

217日成田からロンドン経由で

フリータウンへ向かう。

成田へは310日に戻る予定。

*シエラ関係を含め

昨年8月以降の調査旅行記事は

下記URLにのらりくらりと掲載しています。

どうぞ、お立ち寄りの程を。

http://tawake.cocolog-nifty.com/norakura/

UFO

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