編集記 3月12日

シエラレオーネから10日に成田に着いた。

旅は道連れ、世は情け、だが、

道連れが仕事の付け馬だから、情けない。

15日まで頑張って、

16日にはブログの続きを書きたいものだ、

と10時間掛ける2の機中時間をかけて

西から東への時差9時間を消化した頭で

ほんわかと考えている。

12日午前3時記

UFO二世

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シエラレオーネ短信5 Rokupr(ロクープル)Feb.27-29

写真1枚あり。

下記ブログにも短信の同文が載っています。

調査旅行記録http://tawake.cocolog-nifty.com

[赤色はオマケの部:「リハビリびっこに草臥れ目、気ばかり焦るご老人」の一人旅(タビ)メモ] 今回は赤字なし!!

       Feb.27までうす曇りの天気が続いていたが、28日午後は西に積乱雲が現れ、

雨が降りそうな、と言うか、気団にやる気が見えてきた。

しかし雲は去り、巻積雲の群れが浮かぶ夕空で終わった。

ところが29日、日の出前にお湿りがあった。

   木の葉の緑が一度に鮮やかに湧き上がる。とりわけマンゴーの実の緑は一段と薄く、かつ、つややかなので、今まで僕のくたびれ目に入るのは、その下を通る一本の木だけだったのが、なんとそこら中にあることにいっぺんに気が付いた。見回すと大きな木も何本もある。

写真 マンゴの木

Photo

アブラゼミの合擦がなくても、日照と共にじっとりと重厚な感じの暑い日になって来た。そして日の出前は涼しい。本格的なことはしっかりと身に受け止められるから、良い。

* Feb.28 午後4時から公益水道法人仮役員会による共同水栓利用者グループへの広報・教育集会を傍聴、テイムニー語もクリオ(クレオール)語も分からないのだから、正確には傍視・傍感した。

   12月末からずっとやってきている。始まるのは5時だから、その間、近くの公共水栓3箇所の修理具合を見て歩いた。 

   港への坂道でフラのおばさんの店前に立つと、

中に座っていたのがわざわざ挨拶に出て来てくれた。

   商品の数は台所用品、ガラ染めの布、ニットともども溢れるばかりに並べてあった。

(この人はガラ染めの工房を持ち、地域唯一の幼稚園を経営している。) 

役員会の会長は私立中学校校長、副会長は稲作研の敷地内にある公立モデル小学校校長だ。話はうまい上に、出し物は同じだから、立て板に水だ。

定員外に今日は地元選出県会議員が来ている。聖公会の牧師も役員で、出席している。地元フラの出だそうだ。話が終わるとグループ別の質問時間。

見回すと去年の顔見知りもいる。目顔で挨拶。

Feb.29

       金曜の昼の祈りがスピーカーから流れる出ていた。背景に太鼓の音。そう言えば、夜はいつも間遠に聞こえる太鼓の音。結婚式シーズンかもしれない。

       午後4時から日本の寄贈になるコミュニテイセンターで役員会が開かれた。言葉はクリオか英語。

  もう一回広報集会をやれば、一渡りやったことになる。その後、全地区の代表が集まって、我々の提案で作った

1500軒くらいの住民データベースを修正しながら、公共水栓所在地とつき合せ、消費者台帳の出来上がりとなる。

UFO二世

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シエラレオーネ短信4 Rokupr Feb.23~26

写真なし。下記ブログにも短信の同文が載っています。

2007年度以降-調査旅行記録:http://tawake.cocolog-nifty.com

[赤色はオマケの部:「リハビリびっこに草臥れ目、気ばかり焦るご老人」の一人旅(タビ)メモ]

副題:室内洪水(ミクロ・バンジル)インドの首都ニューデリーの洪水のようで、

別に其処に雨が降るわけではない。

うろ覚えだが、その現象をバンジルと言った、と思う。

ベッドの上で周りの水を眺めながら、直ぐその単語が浮かんだ。

近くにあるセネガル国の人で「獅子身中の虫」と言う人もあると言う、

ガンビア国の首都はバンジュルだが、この関連で覚えている。

Feb.23 * 「424」はポートロコに一泊し、今朝マボニへ下った。

昼ごろ、「着いた。」と電話を入れてくる。

彼の声の後ろで家族の明るい笑い声が沸き起こる。

* 事務所への道の鞍部から下の野菜畑を見下ろすと、農夫一人ポツンと、バケツから杓で水遣りをしているのが見える。

* 自分のサーバーに入れないから、

gmailにアカウントを開き、仕事上の受信・発信の根拠地とする。

* 夕方、「424」 もう一度電話を入れてくる。

「嫁さん風邪だけど、電話に出す。」と言う。

「なんだい。風邪かい。」「エーイ(と聞こえる。ハイ、の意だろう)。サ(タ)ンキュー。」

「商売、うまくやんな。」「エーイ。」

夜になって、川の原水を貯めた洗面所の50lタンクを溢れさせ、床を水浸しにする。

ベッドで本を読みながら眠りこけてしまい、気配で周りを見ると、もう水だらけだ。

小タンクへの水の入れ方が手前味噌で、

長さ1.5mのゴム管の先についたシャワ-ヘッドを水タンクに突っ込みながら

手酌で水を使い、居間に行って戻るのを忘れる。

去年も乾期1月―2月の50日滞在で一度仕出かした。

(2回目:雨期6月-7月45日の滞在では0回。)

またハウスボーイに頼んでふき取ってもらう。

Feb.24 (日)これは日曜の赤。

* 今日もうす曇の空。

* 水道料金表原案がまとまって来たので、印刷しなくちゃならない。

僕のPCはCDドライブを外して持ってきている。

ここのプリンターに合うドライバーが内蔵されていないので

HP(ヒューレト・パッカード)のHPから恐る恐るダウンロードした。

Feb.25 毎日うす曇りが続く。

またまた床浸水をやらかす。

今度はベッドで寝そべって仕事をしていた。読んでばかりじゃないから、

眠りに陥りはしない。だから水の浸入は前より少しは早く察知できた。

二度も矢継ぎ早にハウスボーイの手を煩わすのは嫌なので、

パンツを雑巾代わりに

容量0.5lくらいの手杓に絞り入れては捨てに行く手順を繰り返した。  

65は素数の掛け算で素っ気無いから2の繰り返しになる64回でやめ、

後は蒸発に任せた。

それで、考えた。タンクを一杯にしておかなければ、の強迫観念は

空で3日断水になった去年の経験だった。

今は一度だけ朝、断水になった時も、夕方には水を入れてくれている。

それでも出入一緒の癖は抜けない。

これやって、あれやって、のセコイ時間使いの流れに乗ってしまったり、

やり始めた仕事にかまけだすと、タンクはちっこいおつむの蚊帳の外。

それで、水を入れながらその場を離れる時はいつも手酌を放さないことにした。

Feb.26 うす曇の朝、靄が覆う大河を遠望。

我々のサーバーが迂回路にはいるDNSのIDをくれたので

ようやくnifty.comに繋がった。

処理時間が遅いので溜まっていたメ-ルの山が中々、掃けて行かない。

UFO二世

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シエラレオーネ短信3 フリータウン ー Rokupr(現場に滞在) Feb.20~22

短信同文は下記のブログ「旅の雑文集」にも記載。http://tawake.cocolog-nifty.com

副題:「424」が一泊でやって来た。

[赤色はオマケの部:リハビリびっこ・全域くたびれ目、気ばかり焦る年寄りの一人旅(タビ)メモ]

Feb.20

留守電風なので、「424」に伝えてくれるよう彼の伯父に電話して、ロクープルに移動。

途中で我々の緩速濾過層に使う玉石採りのダンプとすれ違う。 昼飯を宿泊棟の食堂で摂る。久しぶりに魚と鳥のピーナッツ味パーム油炒めを飯にかけて喰う。

午後一番で、完成間近の浄水場を見に出かける。型枠が外れて緩速濾過池の外形が出来上がったところ。

写真

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その横の木陰で、硬い片麻岩の栗石をハンマーで割る女グループ。丁度昼時でまとわり着く子供をあしらいながら赤ん坊に乳をやったり、食事の用意をしたり、石を割ったり。

写真

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古い高架水槽も内部の漏れ止めだけではなく、外部の塗装もやっている。

写真

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Feb.21

* 事務所に「424」、来た、とだけ言い置いて去る。「おかげで皆うまく行っている。これから田植えでいそがし。夜、宿舎に来る。」

* 公営水道企業準備委員会が暮れから週に一度、利用者グループへの広報活動をやってきている。その集会を傍聴と言うか、傍視。

委員長、副委員長は中学と小学校の校長さん。利用者側の質問時間の発言者は男ばかりだが、おばさん連中の顔を見ていると、発言者が的を得たことを言っているか、どうか分かる。

*「424」来て、俺の顔を見て、明日朝もう一度来る、と言って去る。 Feb.22

* 寝違いか、鎖骨の根元が痛む。これは初めて。腰も痛む。* 424、7時に来る。お互いの携帯電話の番号を確認し合い、俺は朝の頭で、彼の状況を聞く。

「籾を買って米にして売る。パーム油の売買も。やってることは昔と何も変わらない。今は田植えの準備。それに籾摺り機を買う話も進めている。」

「ここの日本農業チームが近々農業技術改善の情報を県都からFMで流すそうだが、お前のところまでは届かないな。しかしお前は篤農だから収量はいいに決まっているよな。」

「嫁さんは小・中学生相手の駄菓子屋を開いた。すごく喜んでいる。」

「そりゃ、良かった。」

「忙しいところを、良く見に来てくれたな。ありがとう。」

「身体に気をつけろよ。」

にこっとして、肩に触れて、去る。

* 団長から聞いたほほえましい話:我が宿舎のハウスボーイが携帯電話を盗まれた。そこで、金貸してくれ、と言ってきた。団長、金は貸さない。俺がお前にやっている洗濯代のチップを貯めたらいいじゃないか。俺、意志弱いから、あんた、その分を預かってくれ。しばらくして溜まった分を渡したら、足らず前は嫁さんから借りて買った、と言ってきた。

* 今朝から急にnifty.comに繋がらず。MS、Google、YahooのHPには繋がる。一月、エジプトはアレキサンドリア沖でネット用海底回線が切られたときは此処からのメールはインドから日本までずっと繋がらなかった。2月10日くらいに一度修理が終わって繋がったのに、また同じようなことが起こったんだろう。西回りに載せないと。M,G,Yからリンクか何かで、と思ってもそれ以上は能無し。

UFO二世

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シエラレオーネ短信2 ルンギ空港―フリータウン Feb.18,19

[赤色はオマケ:リハビリびっこ・くたびれ目、気ばかり焦る年寄りの一人旅(タビ)メモ]

* ルンギ空港にほぼ定刻21:30ごろ到着した。

丸い月が中天に掛かっている。

ダカールの雲塊は明日明後日に此処へ来るのだろうな。

昨年、ヘリが墜落、ホバーも沈没、現在

もう一社がロシア製ヘリの運行を続けているが、

今回、我が団長は特別にフェリーに乗っても良い許可を

JICA事務所から貰って来た。しかし河港に着くと一台前の車が入った後、

門が目の前で閉められ乗れず。先着便があったため車はすでに満載とのこと。

振り返ると、車が数珠繋ぎに並んでいる。朝まで渡る船はなし。

我々はすぐ旧鉱山鉄道沿いの悪路に繋がる道へ乗り入れた。

この道は大きな入り江を2時間かけて100km以上の距離を迂回する。

26年前に通ったときは明るい時間だった。思いもかけず大きな泉に出合い、

そこから鉄鉱石積出港ペペルへ管径20センチの導水管が敷設されているのを見た。

この湧水の余剰を我々の水田開発にも、と思ったままで終わったな。

今回は、枯れススキの続く道端に点々と現れる、月夜に黒く沈んだ果樹園や

陰影が滲む寝静まった農家と、時折、人の気がある検問所の遮断機が上がるのとを夢見心地に感じながら、ほとんど眠りこけたまま通り過ぎた。

フリータウンのアバディーン地区にあるJICAご用達のLホテルに着いたのは

午前1時だった。

     フリータウン。Feb.19

Photo

7時からの食事時間に戦士湾の写真を撮った。この目の前で沈んだホバーが

元の発着場の砂浜に引き上げられている。事故時は乗客の動きと物取りの動きとが交錯しててんやわんやだったらしい。

保険査定は済んだのだろうか、今や解体費用がかかる負の動産だ。

町に出て携帯電話を再起動し、換金に行く。WSD(上下水道局)で旅券を預け、

公用ビザ手続き代行を依頼。申請書に記入。用紙が違うようだが、気にしても仕方なし。

復旧工事をやっている建設業者に団長にくっ付いて訪問。昼は合同庁舎の食堂で

サツマイモの葉と肉とを炒めたのをタイか華南の最低等級の米飯にぶっ掛けて、食う。

コカコーラをつけて$2強。

午後、記入様式が違っているとのことで、混雑した道を再度WSDへ行く。

新書式に記入中、ガクッと疲れが出る。

JICA事務所で仕事。メール接続はネット混んでいるので、そうでなくても遅い

僕のPCは更に遅く、偶々、本棚にあった和訳「カーバーズ・ダズン」を途切れとぎれに

読む。短編集だったから都合良し。

電池を入れ替えてきた電子辞書が点かない。ディスプレイが切れた模様。何万時間も使ったのか。サヨナラして、Web辞書に頼る羽目になった。

晩は団員三人でチャイニーズの一軒に入り、餃子もどきを喰う。

UFO二世

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シエラレオーネ短信1-3 ロンドンーフリータウン Feb.18

[赤色はオマケの部:リハビリびっこ・全域腐れ目、気ばかり焦りの年寄り・一人旅(タビ)メモ]

昨年6月通過の際は、早朝、グリニッチに

カテイサーク号の復旧工事を見に出かけて

正午発の飛行機に乗ったが、

日が短い厳寒の今は論外なので、

ホテルで休養をとるだけにした。

ホテルを出る前に乗り継ぎ便のチェックをして驚いた。

日本を出る時貰った旅程表をちゃんと見ておけば、

分かっていることなのだが、

昨年と同じところへ同じコースで行くのだからと、

ろくすっぽ見ないままに来ている。

乗り継ぎの航空会社はBAではなくBDに代わっているが、

子会社で同じようなものだ、と多寡をくくっていたら、

さにあらず。

所属するグループはBAのワン・ワールドではなく、

スター・アライアンス。カードは日本に置いたままで来ちまった。

出発はターミナル4T4)からではなく、T2からだ。

かくのごとく早飲み込みの悪い癖は直らない。

まあ、早めにわかって良かった。

シャトル・バスを待っていると紅梅らしき花が一本咲いていた。

写真:2月のロンドンに咲く紅梅の孤木

僕は手荷物だけで動き、零戦の設計ほど厳しく目方を削っているわけではないが、

パソコンも目方で買ってきた。脚が萎えてからは更に厳しくしている。

ヒースローのセキュリテイは厳しい、と言われているが、

荷物を一つにすればよい。リュックを小型手押し車に入れ、PCと液体、

ジェル類の透明袋を別に持つ。

僕は今回もう成田で失敗してきている。半分使った170g入り

歯磨きチューブを半分に折って規定サイズの透明袋に入れておいたら

100g以上の容器は駄目と没収された。さもあらん。

鋏だけが問題だった頃、先の丸くなった鼻毛切りを入れておいたら、

鋏だ、と没収された。「なるほど!定義だな」、と納得したものだが。

              日夜そればかり考えているプロのテロリストだから、

武器はハードからソフトになってきた。そのうちサイズがミリ以下になってくる。

ロンドンで亡命KGBが人口放射性元素で殺されたのは一例だ。

しかし工学者は自信家だから必ず対策は作れる、と信じているようだ。

振り回されるのは間に挟まった生き身の人間だけだ。

     機内audioBeetlesRolling stoneを聞いていたら

disk- jockyが「mindではなくemotionに!」とコメントしていた。

雑誌の棚に、僕にとっては珍しい種類のものが置いてある。

* Arabian Business

Dubai開発が特集だった。エミレートに雨が降っている写真。

海浜・埋立て開発は将来、海進から構造物を防御する運命を

背負ってるんだろうな。

Trump Jr. “Look at development on a site-by-site basis”

と言っているのは仕事に成功する核心だが、父親の薫陶の賜物で、

少なくとも二代目では潰れない、と言うことだ。

* БАНЗАЙ -w3 banzy.ru ロシア語の雑誌でバンザイとは。

* English Garden

と言った雑誌類。

* ダカール  evening Feb.18

昨年12月モーリタニアで仏人4人家族が

アルジェリアにあるアルカーイダ下部組織の人間に殺されたため

中止になった恒例の1月パリ-ダカ・ラリーの終着地ダカールで客を降ろす。

ダッカと聞えるので、いつぞや、何かおかしいと思いながら

ダッカと書いて後で直したことがあった。

20数年前、シエラレオーネ案件に関連して

案件の作業監理委員会・委員長、調査団団長にくっついて在セネガル

日本大使館に報告のため立ち寄った。1泊はしたな。

ホテルから眼下に大きな海を見た。

街中に行くと、絶え間なく砂塵が動き、さささ、と積もっていく光景を

人気の少ない旧駅舎の前あたりで見たような記憶がある。

     ハルマタンがサハラの四方に振りまく1月の黄塵は終わったようだが、

雨期を呼び込むような別種の低気圧が動いて視界が利かない。

滑走路のちょっとした隅々に小さな水溜りがある。

此処では乗客を新たに乗せない。乗務員も交代しない。

乗客一人の数が合わず、荷物が一個持ち主不明で、人が往来したが、

やがて平仄があって出発となった。

UFO二世

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シエラレオーネ短信1-2 成田―ロンドン Feb.17,18

[付録:びっこの年寄り・一人旅(タビ)メモ:赤色で書く)] これは年寄りに限らないが、日本の真冬に常夏の国に出かける時はいつも苦労する。チベット人やチチカカ湖周辺に住むアイマラ人のように家の中は裸で外には分厚い毛皮一枚を羽織るのが一番だが東京やロンドンではそうは行かない。しかし、理屈は一緒だ。去年は1月17日夜アムステルダムで大嵐になった。ボリビア高所で仕事をしたときに持っていった登山用羽毛服がたいへん役に立った。軽くて暖かい素材が要求されているが、手軽な方法は首を絞めることだ。僕は一枚の布の真ん中にかろうじて首が通る穴が開いたのを持っているが、ネクタイをする人はそれでも良い。

* 日航機には機外カメラがついているので、 僕は飯を食い、酒を飲み、一眠りした後は,

音楽を聴きながら、移動地図とカメラを交互に見ている。

地表が見えなくても雲の上面を見ているのも面白い。今回は英仏海峡を南北に畝立てされた畑のような氷雲の上をわたって夕方、ロンドンに着いた。

* ロンドン Feb.17,18

ホテルフロントの若おっさんの早口が中々聞き取れないから、何度も聞き返す。翌日はほんの少しましになっていた。インドに長くいたので、インド英語が聞こえてくると耳がリラックスする。

朝飯:紅茶/コーヒーカップの受け皿、縁の片方の端を高く、厚くしてある。なるほど! “albalite” made by Steelite in England

UFO二世

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シエラレオーネ短信1-1 成田

註:22日-25nifty.comへのアクセスが出来ず、

更新が遅れる!!

[付録:びっこの年寄り、一人旅(タビ)メモ)]

あちこちガタの来た車のように、カタコトと田舎を動くイメージ。

去年3月、頚椎後縦靱帯骨化症による左脚の麻痺を和らげるために

頚椎弓3番から6番までを楔形に切開する手術をした。

おかげで杖は持っているが、ほぼ二本足で歩けるようになっている。

その後、必要に応じて歩くだけの横着なリハビリを続けている。

成田:去年10月以来。

門前町

 Feb16,17

* 廃線

になった寺参り電車の京成成田駅

付近軌道跡を意識して歩いてみた。

* 食い物屋の盛衰。3件、

              夕飯に寄っていたすし屋のシャッターが閉まったままだった。

何も張ってない。中年の夫婦でやっていた。カウンター7席、テーブル3、奥座敷が1、

おやじは福相で明るく、お上は自然体だった。料理、値段は標準。勤め人仲間が数人、飲んでいた。

              1軒横丁に入ったラーメン屋が張り紙つきで閉まっていた。

ここはいつも外人で流行っていた。張り紙は移転先案内だった。

其処は表参道の新規開店で、規模は大きく、立派になっている。内容も中華系の惣菜一般に増えている。客筋は相変わらず、外人系で賑わっていた。

              京成成田駅の反対側、市役所横のビル1階にすしも出す和食屋が開店した。この前には、空港ホテルへのシャットルバス乗場があって、バス待ちの外人がたむろしている。

空港 Feb.17

* 第二ターミナル出発ロビー内、嘗てANAが占めていた部分の模様替えをやっていた。

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シエラレオーネ短信 UFO

短信の開始通知 Feb.21

シエラレオーネ短信1-0

[付録:びっこの年寄り、一人旅(タビ)メモ)]

217日成田からロンドン経由で

フリータウンへ向かう。

成田へは310日に戻る予定。

*シエラ関係を含め

昨年8月以降の調査旅行記事は

下記URLにのらりくらりと掲載しています。

どうぞ、お立ち寄りの程を。

http://tawake.cocolog-nifty.com/norakura/

UFO

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編集記 1月29日

2月17日ー3月10日

シエラレオーネへ

継続案件に従事のため出張します。

*シエラ関係を含め

昨年8月以降の調査旅行記事は

下記URLにのらりくらりと掲載しています。

どうぞ、お立ち寄りの程を。

http://tawake.cocolog-nifty.com/norakura/

UFO

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編集後記12月13日 UFO

読んでくださった方々へ、

長い間、お付き合いいただいて有難う。

お話はこれでひとまず終わりとなりました。

来年2月、5月、8月中心に1ヶ月弱単位で

現場業務に出掛けます。付け足す記事があれば、

その都度、何らかの方法で掲載します。

このシリーズは三和書籍ブログのアーカイブ

に置かれると思いますが、シエラ関係を含め

今後の記事は一応、2005年8月登録後

ずっと死に態だった下記URLに

のらりくらりと掲載する予定なので、

どうぞ、お立ち寄りの程を。

http://tawake.cocolog-nifty.com/norakura/

UFO

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付録2:地図

1.西アフリカ

2.シエラレオーネ

3. Rokupr and its environ

Imgp0047_exposure

取水支流名: Mesa

稲作研取水支流名:Mature

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付録1:写真集

各回記事に添付する作業が途中で編集機能不具合になったので、

残ったSL Encyclopedia 2007 archiveの写真の内

転載可能分6枚を纏めて掲載します。

1.田舎の生活 (2枚)

1-1 ミニミニ・マート

1-2 パームオイル売り

2.市場 (4枚)

2-1 農民市場

2-2 市場通りの雑踏

2-3 洗剤売り

2-4 リンゴ売り

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第14回 ある女王の死 –シエラレオーネ-

註:この小文は25年前の出張後に書いたもので、少しは歴史に触れている。

           これを今回のシエラレオーネ便りの最終稿とする。(UFO)

       (写真2枚掲載)

英国ヴィクトリア女王治世の頃、西アフリカの片隅にMadam Yokoと呼ばれた女王がいた。正確にはMende族の中で一番大きな領土を持つ連合酋長領の盟主である。

この辺りは今シエラレオーネに属している。国名は1462年ポルトガル人Pedro da Cintraが海岸にそそり立つ斑レイ岩の山をライオン山脈と名づけたのに由来している。この小さいながら年間5,000mmもの雨を呼び込む山塊の麓にFree Townがある。西アフリカ随一の天然港で山から流れ出る水も美味である。

1787年には英国法人が解放奴隷を再定着させる場所として、この地をMende族に隣接して住むTemne族の酋長から買い取った。19世紀に入って英国はこの地を植民地とし、1986年には周囲の酋長領を保護領とした。

Madam Yokoの在位は1885年から1906年までで、彼女は部族戦争の混乱期や初期英国統治下の反乱を乗り切り一応の安定を見届けた後、自分の権勢が絶頂のときに自分の意思で黄泉の国へ昇華したのである。

女酋長の存在は珍しいが、この種族にはSali法のように女が酋長になってはいけないと言う慣習法は無かった。彼女がそうなったのは社会慣習に見合った自身の実力である。アニミズムに満ちた世界とは言え、彼女にとって呪術は実力の内ではない。部族内はともかく、押し寄せる西欧の工業力に対して仮面の向こう側からやって来る呪力は物の数ではなかった。

彼女を育てたのは部族社会そのものである。彼女は部族の女学校、Sando Societyで部族の女性として知らねばならないしきたり一切を他の女の子と同じように学んだ。現在Free Townの雑踏の中で時折、仮面の踊り手を中心にした一団が練り歩くのに出逢うことがある。

「あれは何だ?」と聞くと、「Secret Societyだ。あんたも一緒に踊らないか。」との返事である。

それじゃ秘密性はなくなってしまったのか。そうではない。踊りの部分はもともと誰にでも開放されていた。そう言えば、未だ社会の成員と認められていない子供だって踊るではないか。秘密なのは生産、戦争、医療や呪術の技法でありその伝授は今でも村に行けば続いているところもある。

              Free Townの町外れで手をかざせば、入り組んだ海岸線一帯に何所までもアブラヤシの林が続いているのが見える。

Madam Yoko在世の頃